LOGIN車の揺れは穏やかで、 エンジン音が一定のリズムを刻み、まるで子守歌のように耳の奥で反響している。シートに深く身を預けると、身体の奥に溜まっていた力が、ゆっくりと溶けていくのがわかった。
窓の外を流れる景色は、見慣れたはずの街並みだった。けれど、どこか遠い。 ガラス一枚隔てているだけなのに、まるで別の世界を眺めているような感覚があった。
俺はもう、あの世界の住人ではないと、自然に理解してしまっている自分がいる。隣には灯が座っている。背筋を伸ばし、静かに前を向く横顔。いつもと変わらない、静かで落ち着いた佇まい。
俺がここにいることを、疑いもなく肯定してくれている。 それが、たまらなく心地よかった。「……なあ、灯」
「はい、啓人さま」
俺が声をかけると、即座に返事が返ってきた。
わずかな間もなく、それだけで、胸の奥がすっと落ち着く。「途中で降りたいんだ。映画館まで……灯と一緒に歩いて行き
1:名無しの住人今年のクリスマスはとんでもなかったな正直、まだ頭が追いついてない2:名無しの住人マジでそれニュース見ても現実感ない3:名無しの住人お前ら無事か?生きてるなら返事しろ4:名無しの住人ノ5:名無しの住人ノ今のところ無事6:名無しの住人ノ家の近くで爆音した時は終わったと思った7:名無しの住人ノ正直まだ夢に見て震えて起きる8:名無しの住人例の宗教団体、やっぱりやらかしたな日本各地で同時多発って頭おかしいだろ9:名無しの住人まさかクリスマスになった瞬間とはな……10:名無しの住人首謀者も宗教の本部ごと爆発で逝ったってなトップも幹部も一気に消えたとか11:名無しの住人警察発表見る限り、これで終わりって思っていいんかな残党も上が消えたらもう何もできんやろ12:名無しの住人終わっていない。13:名無しの住人>>12 なにが?なんか知ってんの?14:名無しの住人正直、あそこまで覚悟決まってるとは思わなかった周り巻き込んで消えるとは15:名無しの住人被害出たのは本当に胸糞だけど二次被害が最小限で済んだのは奇跡的じゃね?16:名無しの住人ギリギリで止まった感じあるよなあれ、もう一歩ズレてたらと思うと……17:名無しの住人まだ目覚めていない。18:名無しの住人>>17 やめろよそういうの不謹慎やろ19:名無しの住人これからの日本、どうなるんだろうな正直、不安しかない20:名無しの住人
クリスマスイブが、やってきた。 ほんの少し前から、街は朝の空気からして違っていた。浮き足立つ、という言葉がこれほど似合う日もないだろう。 赤と緑の装飾、スピーカーから流れる、どこか軽薄な鈴の音。意味もなく弾んだ人々の声。 何年も前から繰り返されてきた、ただの年中行事だ。俺自身、これまで幾度となく、その光景の中を通り過ぎてきたはずだった。 それなのに――今日は、同じ景色に見えなかった。 色が違うわけでも、音が変わったわけでもなく、変わったのは、俺のほうだ。 俺はもう、あの喧騒の世界の内側にはいない。ガラス越しに眺めるように、どこか遠くから、それを見ている。 そんな感覚を抱えたまま、俺はこの数日、終円会と外の世界を行き来し続けていた。 クリスマスイベントの最終準備。 告知用の動画撮影、外部で活躍する仲間への激励、講演の段取りなど、詰めるべき細部は尽きることがなく、時間はいくらあっても足りなかった。 その合間、合間に――俺は、求められるまま、皆の元へ向かい、愛を注ぐ。触れ、抱き、言葉を与え、恐れを受け止め、終わりを肯定する。 それは俺がこの世界にいた理由を、何度も確かめるための行為。 疲労は確かにあったが、不思議と苦ではなかった。 むしろ――胸の奥が、ずっと満たされ続けている。『啓人さま……』 名前を呼ばれるたび、俺は応じる。誰かに必要とされているという実感が、何よりも心地よかった。 最近では、目に見える変化も増えてきた。 鏡に映る、銀色の髪。それはもう、俺だけの象徴ではなくなっている。 外の世界でも、同じ色に染めた者たちが増えていると聞いた。 理由を尋ねたことはないが、わかっている。 彼らは、俺を選んだのだ。 ……昔なら、考えられなかった。 誰かの指針になることも、誰かの生き方に影響を与えることも。 俺は、ずっと、その他大勢の一人だったはずなのに。
車の揺れは穏やかで、 エンジン音が一定のリズムを刻み、まるで子守歌のように耳の奥で反響している。シートに深く身を預けると、身体の奥に溜まっていた力が、ゆっくりと溶けていくのがわかった。 窓の外を流れる景色は、見慣れたはずの街並みだった。けれど、どこか遠い。 ガラス一枚隔てているだけなのに、まるで別の世界を眺めているような感覚があった。 俺はもう、あの世界の住人ではないと、自然に理解してしまっている自分がいる。 隣には灯が座っている。背筋を伸ばし、静かに前を向く横顔。いつもと変わらない、静かで落ち着いた佇まい。 俺がここにいることを、疑いもなく肯定してくれている。 それが、たまらなく心地よかった。「……なあ、灯」「はい、啓人さま」 俺が声をかけると、即座に返事が返ってきた。 わずかな間もなく、それだけで、胸の奥がすっと落ち着く。「途中で降りたいんだ。映画館まで……灯と一緒に歩いて行きたい」 灯は一瞬だけ俺の顔を見て、それから小さく頷いた。「わかりました。では、そのように」 理由は聞かれなかった。否定もせず、ただ、俺の望みを、そうするものとして受け入れてくれる。 灯が運転席に軽く合図を送ると、車はほどなく減速し、路肩へと滑り込むように停まった。ドアが開き、外の空気が一気に流れ込んでくる。 十二月の空気が、肺の奥まで一気に入り込み、頭の芯をきゅっと締めた。 けれど、不快ではなく、むしろ、心地いい。 ――まだ、生きている。そう実感できる冷たさだった。「歩きましょうか」「ああ」 俺が答えると、灯は一歩近づき、何のためらいもなく俺の腕に絡めてきた。 あまりにも自然な動作で、拒否する理由なんてどこにも浮かばない。 腕越しに伝わる体温。その重みと柔らかさが、ここにいる実感を、さらにはっきりと刻みつけてくる。「懐かしいな……」 歩き出してす
皆に愛を注ぎ終え、深い水底から浮かび上がるように意識が戻ってきた頃、扉の向こうで控えめな気配が揺れた。「啓人さま。お目覚めでしょうか」 聞き慣れた灯の声だ。 俺はゆっくりと目を開け、天井を見上げる。 体は重いが、不快ではない。むしろ、必要なものをすべて使い切ったあとの、心地よい倦怠感が残っている。「……ああ」 短く返事をすると、扉が静かに開いた。「今日は、お願いがございます」 その声はいつもと変わらない。柔らかく、落ち着いていて、こちらの思考を急かさない声。「お願い?」「はい。今日は――『ネクロマンサー建国記』の解説上映をお願いしたいのです」 一瞬、その言葉を頭の中で転がす。 解説上映。いわゆる、映画を観た観客に対して、作品の背景や意図を語るあれだ。(俺が制作に関わった映画じゃないが……いいのだろうか) そんな疑問が浮かぶが、それは断る理由にはならなかった。「……俺でいいのか?」「はい。啓人さまにしかできません」 そう断言されると、不思議と迷いは消えた。 ここでは、それが当たり前だった。 ここへ来て、しばらく経つ。 本部へ行き、講演をするか、この離れで愛を注ぐかの往復の日々。 時間の感覚は相変わらず曖昧だ。「外に出るのか」「はい。上映会場は、私たちが一緒に観た映画館です」「……そうか」 短く答えながら、俺は天井を見つめた。 いつ以来だろう。外の世界を、はっきりと意識をするのは。 灯は一歩近づき、俺の手のひらに何かを乗せた。「これを、どうぞ」 それは――スマホだった。 いつの間にか無くなっていた俺のスマホ。だがどこか、俺のものではないように思えた。「何かあった時のために、渡しておきま
――ただ、ひたすらに、求めていた。 何を、という問いはもう意味を持たない。 喉が渇けば水を飲む。ただそれだけのことだ。 理由は後からついてくるか、あるいは最初から必要なかったのかもしれない。 欲するから、そうしていた。考えるよりも先に、身体と心が動いていた。 それが欲望なのか、義務なのか、あるいは救済なのかはもう、区別はつかない。 最初は一人ずつだった。 ベッドに呼び、正面から向き合い、声を聞く。相手の息遣い、指先の震え、視線の揺れ。そうしたものを一つひとつ確かめるように、時間をかけた。 自分の中に芽生えた何かが、確かに相手へ届いているか。拒まれていないか。足りているか。それを慎重に、何度も、何度も、確かめ、愛を注いでいた。 相手の瞳が潤み、声が震え、名前を呼ばれるたびに、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。(ああ、届いている。満たしている。満たされている) そう思うことができた。できていた。 けれど――いつからだろう。一人では、足りないと感じ始めたのは。 最初は些細な違和感だった。満たされたはずなのに、余白が残る。与え切ったはずなのに、まだ注げる何かが内側に溜まっている。 対象が変わり、また一から確認作業をするのが億劫になっていった。 気づけば、周囲には複数の気配があった。重なり合う体温。交錯する視線。耳元で交わされる、熱を帯びたささやき。 拒む理由が、どこにもなかった。 むしろ――これこそが正しい形なのだと、自然に思えてしまった。 俺は求められている。だから、与えている。それだけのこと。 一人ひとりに向けていたはずのものは、いつの間にか境界を失い、溶け合っていた。 個別の区別は薄れ、ひとつの流れとなって、まとめて流れ込む。 愛を、まとめて、余すことなく。 それが当然で、それが幸福で、そうでなければ、満たされない。 ◇ ◆ ◇ どのくらい、そうしていたのだろうか。時間の感覚は、ゆっくりと壊れていた。朝
「……啓人さん。啓人さん」 誰かに、名前を呼ばれていた。最初は、夢の続きだと思った。 意識の底で、柔らかい声だけが反響している。 ゆっくりと瞼を開けると、視界に入ったのは、こちらを覗き込み、穏やかに微笑んでいる灯さんの顔だった。「おはようございます」 その一言で、ようやく現実に引き戻される。「……おはよう、ございます……」 声が、掠れていた。喉が渇いている。身体が重い。 それなのに、不快感はなく、むしろ――満ちている。「今日は、大事な日なんです」 灯さんは、俺の反応を確かめるように、間を置いてから言った。「月初めですから、皆さんに、啓人さんをご紹介したいと思って」 ――月初め。 その言葉を頭の中で反芻して、ようやく、違和感に気づく。(……月、初め……?) 記憶を辿ろうとするが、そこにあるのは、断片的な映像だけだった。「……今日、十二月一日……ですか?」 恐る恐る尋ねると、灯さんは、静かに頷いた。「はい」 その瞬間、背筋にひやりとしたものが走った。 ……三日間。ただ、食べて、眠って、欲求のままに灯さんと交わり続けた三日間。 他には、何も考えていなかった。 それを――恐ろしいと思わなかった自分に、少しだけ驚く。「準備、しましょうか」 灯さんの声に促され、身体を起こす。 シャワールームへ向かい、鏡の前に立った瞬間、思わず息を呑んだ。(……俺……?) 肩のラインが違う。胸板が厚い。腕に、以前にはなかった張りがある。 明らかに、身体つきが変わっていた。 視